未分類

【実話】ほとんどプレーをせずに20年間プロサッカー選手を続けた手口とは…

サッカーをプレイすることなくプロチームに所属し世間をだまし続けた伝説のサッカー選手

20年間にも渡り周りを騙し続け、ほとんどプレイすることなく、プロサッカー選手を続けていた者がいる。
その名もカルロス・カイザー。

彼はストライカーであるにもかかわらず1度しかゴールを決めていない。
それにもかかわらず、20年という長いプロサッカー生活を過ごした伝説の選手である。

カルロス・カイザーの人生

数多くのスポーツの中でも世界中で人気のあるサッカーは、プロ契約すると莫大な給料を稼げることが知られており、ブラジル人のカルロス・カイザー氏も貧困から脱出すべくプロサッカーという道を選んだ。
しかし、人生はそう上手くはいかなかった。


10歳でサッカー選手としてのキャリアをスタートさせ、16歳までブラジルのCRフラメンゴのユースチームでプレイ。フィジカルの潜在能力がスカウトの目にとまり、1979年にメキシコのプエブラFCに入団しプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせる。
しかし、1度も試合に出ることなく、わずか数ヶ月で退団。解雇の理由はプロ選手のレベルに達していないという単純なものであった。

しかし、彼の家は非常に貧しく、彼がプロサッカー選手として稼がなければ家族が路頭に迷ってしまうほどであった。

カイザー氏は現役を引退し、2011年に行われたインタビューで「他のサッカー選手と同じように、僕は貧乏な家の出身です。でも、成功してお金を稼ぎたかった。そうすれば家族を養えるから。大金を得るのに最も適しているのはサッカー選手になることです。僕はサッカーをすることなくサッカー選手になりたかったんです」と語っており、そもそもサッカーをプレイする気がなかったことを正直に明かしている。

ではなぜ、彼はサッカーをプレイすることなくプロサッカー選手を続けられたのか。
それにはカイザー氏の友人や当時の技術や医学、ジャーナリストなど複数の要因があった。
1979年にメキシコのプエブラFCを退団後、再びサッカー選手としての働き口を探す。
そのときに大きな力となったのが、ロマーリオやロベルト・カルロス、レナート・ガウチョといった有名選手達であった。
彼はこういった有名選手と交友を深め、選手たちがチームのコーチに推薦してくれるように仕向けたのである。

現在であれば、過去のプレー映像を参考にして契約するか決めますが、当時は映像を見て決めることはなかった。これが彼に有利に働き、チームのスカウトは有名選手のアドバイスを真に受けて契約をしたのである。

契約をしてもプレーを一目見ればすぐ解雇されるのでは?と思うかもしれないが、彼は「体調が万全ではないため、入団後の数週間は調整目的の練習を行うこと」を契約内容に盛り込み、能力の低さがばれてしまうのを回避したのである。

その後は、若手選手にお金を払い、「わざと自分に強く当たるように」と依頼をするなどし、練習中のケガを理由に回避。
当時の医療技術では、本当に彼が怪我をしているのかどうかは判断できなかったのだとか。

彼の契約は3ヶ月〜6ヶ月であったため、ケガをしたと訴えた状態でそのまま数カ月をチームで過ごし、契約期間を終了させるというのが彼のお決まりの手であった。また、彼はスポーツ記者を利用することもあった。
賄賂やクラブのユニフォーム、また記念品を手渡す代わりに、自分に焦点を当てた記事を書いてもらうよう依頼。
「カイザー氏のことをメキシコ政府が気に入り、メキシコ代表になってもらうために市民権を申請した」というでっち上げの記事を書いた人もいたのだとか。

しかし、長らく周りを騙せていた彼にも、バレるかバレないかの危ない出来事がありました。それは、キャリアの中でフランスの二部リーグに所属していたGFCアジャクシオというチームに入団した時のこと。

彼が契約を結んだ時、「フランスの二部リーグのチームにブラジルの名選手が来た!」と大きく盛り上がり、
チームは彼の公開練習を実施することで期待するファンに彼のプレイを披露することしたのである。
大勢の前でサッカーをプレイするという、自分が望んでいないことをやらなければいけなくなった彼は、とんでもない秘策を繰り出すことに。 それは、ファンサービスと称してグラウンドにある全てのボールを観客席に蹴り込み、最後にユニフォームのエンブレムにキスをしてチームへの忠誠をアピールするというもの。

このパフォーマンスに公開練習を見に来ていたファンは大興奮。しかもボールが練習場からなくなったため、彼の思惑通り、チームはボールを使った練習から体力トレーニングに予定を変更。
彼の実力は秘められたまま公開練習は終了。そしていつもと同じように彼は1回もゴールすることなく数カ月後に契約満了でGFCアジャクシオを退団したのである。彼は、GFCアジャクシオの退団後もサッカー選手やジャーナリストの力を借りて複数のチームを渡り歩き、1990年代初頭に引退。

引退後、テレビ番組の中で、「策略を恥ずかしく思っていたのか」との質問に彼は「何も後悔していない。クラブはすでにとても多くの選手を欺いている。誰かが復讐者にならなければならなかった。」と答えている。
その一方で「長期にわたった策略を後悔している」とも話しており、多くの善良な人々の期待に応えられなかったことについて「罪の意識がある」と話したのであった。

まとめ

その後、2015年に英国の会社がカルロスの半生を描いた長編ドキュメンタリー映画の独占権を獲得し、彼の人生は映画化された。
映画にはカルロス・アウベルト、ジーコ、べベット、レナト・ガウショのようなブラジルサッカーのレジェンドとのインタビューも含まれているが、誰一人として彼を避難している者はいない。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です